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黄鹤楼
入場料 :80元   (2010年10月12日現在)

 長江南岸の蛇山にそびえる黄鶴楼は、岳陽楼藤王閣とともに中国江南の三大名楼として知られています。昔この地に一軒の酒屋があり、仙人が壁に黄色い鶴を描いたところ、店は大繁盛、しかし仙人は描かれた鶴に乗って飛び去り、その後に店主が楼閣を立てたという故事が残されています。
 本物の楼は三国時代の223年に建立されましたが、何度か建てかえられ、現在の楼は1981年に再建されたものです。五層から成り、主楼は高さ51mあり、エレベーターで上まで登れます。歴史上、多くの文人墨客も訪れ、その美しさを詩に詠んで来ました。なかでも唐の詩人、崔顥の「昔人すでに黄鶴に乗じて去り」で始まる詩「黄鶴楼」がよく知られ、李白が詠んだ「広陵(今の揚州)に行く孟浩然を見送る」という詩も有名です。黄鶴楼の上に上ると、長江が市内中心を通過した武漢市内全景を見下ろしすることが出来ます。

(黄鶴楼にて孟浩然の広陵に之くを送る)
故人 西のかた黄鶴楼を辞し
煙花三月 揚州に下る
孤帆の遠影  碧空に尽き
惟見る  長江の天際に流るるを
黄鶴楼
黄鶴楼
【和訳】
友人は黄鶴楼に別れを告げ、これを西にして、かすみ立つ三月、 華やかな揚州に向かって長江を下る。
たった一つの舟の帆がだんだん遠ざかり、 ついに、その影がふかい碧の空の中に吸いこまれるように消え失せてしまうあとにはただ、長江がはるかな空のはてに流れてゆくのだろう。
【解釈】
友孟浩然が武昌から広陵(揚州)へ旅立つのを送る詩。李白37歳のころの作と推定
黄鶴楼は、武漢市内長江の畔にあり、長江を見下ろす高台ににある楼閣。この楼閣については次の伝説がる。
むかし、ここに辛氏という人の不景気な酒屋に、ある日ひとりの仙人が現れた。酒を乞われるままに主人は大杯で飲ませた。その後半年ほどの間主人は嫌がらず只で酒を飲ませ続けた。ある日、仙人は主人に向かい、酒代がたまったが金がないと言い、お礼に店の壁に黄色い鶴を描いて立ち去った。ところが不思議なことに、酒を飲みに来た客が手拍子を打って歌うと壁の鶴が踊り出す、忽ち評判となって店は大繁盛、十年ほどの間に辛氏は百万長者になった。ある日ひょっこり例の仙人が現われ、笛を取り出して吹くと、空から白雲が舞い降り、黄鶴が壁から抜け出して来た。仙人は鶴の背に跨って白雲とともに飛び去った。その後、辛氏は楼閣を建て黄鶴楼と名づけて祈念とした。
黄鶴楼昔人 已に黄鶴に乗って去り
此の地 空しく余す黄鶴楼
黄鶴一たび去って復た返らず
白雲 千載空しく 悠悠
晴川 歴歴たり 
漢陽の樹 芳草 萋萋たり 鸚鵡州
日暮 郷関 何れの處か是れなる
煙波 江上 人をして愁へしむ
【和訳】
昔の仙人は黄鶴に乗ってすでに飛び去り、此の地には黄鶴楼が残されている。 黄鶴は去って二度と戻らず、白い雲が当時と変わらずたなびいている。 楼閣から眺めると、晴れた川面に対岸の漢陽の木々が映っていて、鸚鵡州の草も繁茂している。 日が暮れ故郷はどこかと眺めるが、視界は煙って見えず悲しい気持ちになる。
【作者】
崔 顥 704-754 盛唐の詩人。
「水卞」洲(べんしゅう)《河南省開封府》の人。開元11(723)年の進士、秀才であったが酒と遊びに溺れ軽薄の評をうけた。晩年は格調の高い詩風を出す。天宝13年に没す。年50。