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三国志物語-成都制覇戦
成都制覇戦蜀に入った劉備は、劉璋から大歓迎を受ける。劉璋自ら成都より綿陽まで出迎え、百日間も富楽山で宴会を続けた。張松はここで一気に劉璋を始末するようにすすめ、ホウ統もそうするように言ったが、劉備は性急すぎるといってこの策を取らなかった。暗殺という手段を嫌がったのだろうか。三国志を読んでいて不思議なのは、当時もこういうポーズが受けていたらしいことだ。
曹操ならスッパリ始末していたに違いないが、それではやはり民衆に受けないだろう。劉備は劉璋からの援軍を受け、三万を超える兵力で張魯征伐に出発したが、途中で軍勢を引き止め、一年以上も動かなかった。そして、曹操に攻められている孫権を応援に行くといって、荊州に帰るそぶりを示した。
しかし、あわてた張松が劉備と法正に手紙を出そうとして、兄の張粛に陰謀を告発されてしまう。さすがにお人好しの劉璋も、張松を処刑し劉備と手を切ろうとした。こうして劉備と劉璋の戦いが始まったのである。
戦争になれた劉備の軍勢は、たちまち劉璋の軍勢を破り、成都近くまで進撃するが、劉璋の息子劉循と武将の張任がよく防戦した。この戦いでホウ統が戦死してしまうほど劉備は苦戦した。 荊州から、諸葛孔明、張飛、趙曇らを援軍として呼び寄せ、劉備はやっと劉璋を降伏させた。入蜀後三年を費やしたことになる。