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三国志物語-苦肉の計

周瑜は火計を成功させるために最後の大芝居をします。そのためには犠牲も必要でした。

ある日、老将黄蓋は会議の場で「降伏してはいかがか」と主張する。
この大合戦を前にして孫権は降伏を口にしたものは斬る、と周瑜に剣を預けていました。
周瑜は当然激怒し黄蓋を斬ろうとしました。
しかしその場にいたものに止められ、結局は百叩きの刑としました。
その夜、黄蓋のところへ親友のカン沢がやってきて「もしや苦肉の策では」と言い、協力を誓った。
そしてカン沢は夜陰にまぎれ曹操の陣まで行き、「黄蓋降伏」の書状を渡した。
書状の内容に怪しむ者もいたが、カン沢はひとつひとつ答え信用させた。
そして黄蓋降伏の日、いつの間にか風は反対に吹き絶好のチャンスが到来する。
黄蓋は船に兵糧に似せた薪などをいっぱいに積み曹操の陣へと突っ込んだのである。
火の手が上がったことに気がついたが時すでに遅し。
火は次々に燃え上がり見事に火計は成功に終わり、孫権・劉備連合軍は大勝利に終わったのである。

ここで不思議なのは黄蓋の寝返りを聞いた曹操は手を叩いて喜び、爵位と恩賞まで用意したと言います。
それほどまでに黄蓋の寝返りは重要だったのでしょうか。
少なくとも曹操の軍は20万、対する連合軍は5万だったので
兵力的にも勝って当然と思ってもおかしくないのですが。

「正史」では黄蓋が降伏する内容の手紙を曹操に出しあざむいたことは書かれています。
ただし苦肉の策ではなく「周瑜が若くて時の流れを読めていない」ということでした。