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明月峡古桟道

明月峡古桟道は、劉備軍が劉璋の蜀を狙っていたときに駐屯していた場所の広元市朝天鎮にあり、そこを流れる嘉陵江の断崖に造られた道です。古称を「金牛道」または「朝天峡」とも言います。唐の玄宗皇帝が「安史の乱」の最中に蜀に南遷した際、ここで朝拝(古代、元日に天皇が大極殿(だいごくでん)で群臣の祝賀を受けた大礼。)を行ったことがあります。三国時代、諸葛孔明が北伐した時もここを通りました。清時代、・清風明月(古代中国では国号と同じ文字で命名するのは禁止)により、「明月峡」と改名しました。全長4キロです。春秋戦国時代からここで桟道を造り始め、昔から蜀に入る重要な道です。ここの桟道には二つのタイプがあります。一つは、そのまま崖を抉って造った桟道です。もう一つは、崖に穴を掘り、穴に杭を差し、杭の上に板を並べて造られた桟道です。