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三国志人物-馬超

馬超馬超(176-222年)は、中国後漢末期から三国時代の蜀漢の武将。字は孟起(もうき)。諡は威侯。扶風郡茂陵県の人。後漢の名将馬援の子孫。祖父は馬平(子碩)。父は馬騰。子は馬秋、馬承。娘は安平王劉理の妻となっている。弟に馬休、馬鉄、従兄弟に馬岱がいる。馬騰は羌族との混血であり、この血を引いている馬超も漢王朝の支配を受けない民族からの信望が厚かった。『三国志演義』では、その雄姿から「錦馬超(きんばちょう)」として称えられ、五虎大将軍の一人に選ばれたとされている。 劉備が漢中王になると左将軍仮節に昇進し、 221年には驃騎将軍と涼州牧になるが、翌222年、47歳で亡くなり、子の馬承が後を嗣いだ。260年、威侯の諡号を送られた。