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諸葛双忠祠

諸葛双忠祠は、徳陽の下町綿竹県にあります。四川省の蜀漢遺跡の重要な一部です。中国史書によると、諸葛孔明は47歳にしてやっと長男の諸葛瞻を授かりました。その息子は非常に才能があり、19歳の時、劉禅の娘「 」と結婚し、若くして地方官にあたる騎都尉に任命されました。諸葛瞻は父親の忠誠心を受け継ぎ、全力を尽くして軍事を司りました。
そして、諸葛瞻とその息子の諸葛尚が魏の鄧艾を綿竹にて迎撃するも、悲しいかな、蜀漢の命運は尽きて滅亡した…と言われています。
当時の綿竹は現在の徳陽市黄許鎮を指しますが、清の乾隆2年(1737年) にここ「綿竹」に諸葛瞻父子を祀った諸葛双忠祠が建てられました。諸葛瞻父子の司令下、黄祟 (黄権の子) 、張遵 (張飛の孫) 、李球 (李恢の甥) もこの地で討ち死にした為、五忠祠とも呼ばれています。諸葛双忠祠の中にある諸葛瞻父子の壮絶な最期を再現した塑像は、迫力があり一見の価値があります。