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三峡にまつわる漢詩

三峡を上る  李白

巫山青天を挟み
巴水流れること茲の如し
巴水忽ち尽くすべし
青天に到る時無し
三朝黄牛を上り
三暮行くこと太だ遅し
三朝又三暮
覚え鬢糸と成る      

上三峡 (漢語原文)
巫山挟青天  巴水流若茲
巴水忽可尽  青天無到時
三朝上黄牛  三暮行太遅
三朝又三暮  不覚鬢成糸 


解釈:
巫山はそびえ はるかな青空を さしはさみ 
巴水は 巴の字のように 折れまがり 流れてる
巴水は上流まで 上りきること できるだろう
だが 青空に たどりつく時は ない
三日 黄牛峡を さかのぼり
三晩というに 船脚の 遅いこと
三日と三晩 いつの間にか 鬢の毛も きぬ糸のように(白く)なってしまった

長安で罪を得て奥地の貴州省に流される途中、長江三峡上りの時とする五十九歳に書かれたもの。当時はは激流にかかると、岸から綱で船を曳いたのに感慨し、李白が遡上の難儀から三日三晩で髪の毛が白くなったという。


早(つと)に白帝城を発す  李白

朝 (あした) に辞す 白帝 彩雲の間
千里の江陵 一日にして還る
両岸の猿聲 啼 いて住まざるに
軽舟 已に過ぐ 萬重 (ばんちょう) の山

早発白帝城 (漢語原文)
朝辞白帝彩雲間 千里江陵一日還
両岸猿声啼不住 軽舟已過万重山

解釈:

朝焼け雲に染まる白帝城に、朝早く別れを告げた私の舟は、千里も離れた江陵にたった一日で着いてしまった。両岸から聞こえる猿の啼き声がまだ耳に残っている間に、軽やかな舟は重なり合う山々の間を通り過ぎた。というのが詩の大意。
七言絶句で、押韻は「間、還、山」。作詩の時期を、李白が初めて長江を下った時とする二十五歳説もあるが、罪を得て奥地に流される途中、恩赦で江陵にひき返した時とする五十九歳説の方に説得力がある。遡上の難儀から三日三晩で髪の毛が白くなったとうたった「上三峡」の作もあり、「千里江陵一日還」には三峡遡上の経験あってこそ、と思わせるものがある。 
白帝城は前漢末に公孫述が築いたもので、蜀の劉備がここで没したという『三国誌』の故事でも有名。江陵は湖北省にある揚子江沿いの町。白帝城からは300キロほどの距離にある。

峨眉山月の歌  李白

峨眉山月 半輪の秋
影は平羌江水に入つて流る
夜 清渓を発して三峡に向かふ
君を思へども見ず 渝州に下る

峨眉山月歌 (漢語原文)
峨眉山月半輪秋 影入平羌江水流
夜発清渓向三峡 思君不見下渝州

解釈文
峨眉山上に半輪の月がかかり
月の光が平羌江の水の上に映って、ちらちらと流れていくよう
私は夜中に清渓を舟出して山峡に向かっていく
やがて山がせまり、月はいつしかかくれ、
あの月を見たいと思ったがついに見ることができず、渝州に下っていく

この詩は古来、制作地や解釈に諸説がある。李白の二十代の半ば、蜀を旅立った時の作と推定される。「君」とは、直接には月を指すが、その裏には好きな人を指すと解釈される。峨眉山、平羌江、清渓、三峡、渝州と固有名詞を多用しつつ、それが目障りとはならず、文字の効果を巧みに生かして、詩のイメージを作り出している。渝州は現在の重慶の略称。

夜雨 北に寄す  李商隠

君は帰期を問うも未だ期有らず
巴山の夜雨 秋池に漲みなぎる
何いつか当に共に西窓の燭を剪つて
却さてしも話すべき巴山夜雨の時なり

夜雨寄北 (漢語原文)
君問帰期未有期 巴山夜雨漲秋池
何当共剪西窓燭 却話巴山夜雨時

解釈:
いつお帰りになるのかと、たずねる手紙が届いた。しかしまだいつ帰れるとも、日付の見込みが立たない。
いま私は巴山のふもとの旅館にいるが、秋の長雨が夜にも降り続け、前の池に水がみなぎっている。
いつになったら夫婦揃って、西向きの居間の窓に対座し、蝋燭の芯をはさみで剪りながら夜おそくまで話し合うことができるだろうか。
若しそうなればその時にこそ、巴山に降りそそぐこの雨の音を聞きながら、わたしが何を思っていたかを話してあげよう

李商隠は36才の時、唐代の大中元年(847年)、桂州刺使の鄭亜(ていあ)の掌書記として桂林に赴く。翌年、鄭亜が循州(広東省恵陽県)に貶され、李商隠は幕を辞したが。すぐに都に帰らず、重慶の近郊に滞在した。

登高   杜甫

風急に天高く 猿の嘯なくこと哀し
渚清く 沙白くして 鳥飛廻す
無辺の落木 蕭蕭しょうしょうとして下り
不尽の長江 滾滾こんこんとして来る
万里悲秋 常に客となり
百年多病 独り台に登る
艱難 苦はなはだだ恨む 繁霜の鬢
潦倒ろうとう 新たに停む 濁酒の杯

登高 (漢語原文)
風急天高猿嘯哀 渚清沙白鳥飛廻
無辺落木蕭蕭下 不尽長江滾滾来
万里悲秋常作客 百年多病独登台
艱難苦恨繁霜鬢 潦倒新停濁酒杯

解釈:
風は強く 秋の空はとても高く 猿の長啼きが悲しく聞える。
渚は清らかで河原の砂は白く 鳥が行ったり来たり飛び廻っている。
落ち葉は簫簫と果てしなく落ち、
長江の水は 逆(さか)巻ながら尽きる事なくと流れてくる。
遠く(故郷)からやってきて秋は悲しく、私はいつも旅人の身で
生まれつき体が弱く 病気の多い私は一人でこの高台に登ってきた。
人生、苦労してここまでやってきたが、もみあげは霜が降ったように成り
恨めしく、詩を作りたい時に詩を作り、酒を飲みたい時に酒を飲むなど、きたがきな酒もやめざるを得なくなった。